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風景に関する小論

リンゴット工場再開発計画

オギュスタン・ベルクは「実景」という概念を提唱した*1。客体が実景として把握されるとき――それは風景それ自身が不可分のものとして持っていた風土との関係を超越した状態であり、主体としての観察者は人格から引き離され客体として捉えられる。実景を用いるとディズニーランドは次のように理解される。ディズニーランドを楽しむ彼らには異郷感を満喫している自分がたのしいという主体に対する客観的な視点がある。さらに言えば、この主体への意識はソーシャルネットワークによって近年より強固になったと言えよう。彼らはそんなたのしい私(主体)を愛するのである。

リンゴットは 1923 年より約半世紀にわたりフィアットの自動車工場として機能した建築であり、1995 年に大型複合施設として再開発が始まった*2*3。ショッピングモールやホテル、美術館、映画館などが収納されているリンゴットはひとつのテーマパークといってもよい。しかしながら、ディズニーランドと大型商業施設の差異を考えたとき、それはフィクションの不在である。ディズニーランドは徹底したフィクションを持ち外部を遮断するが、大型商業施設は外部と隔たりなく接続している。このとき、ディズニーランドと同様な――夢と魔法の空間をたのしめる人が楽しめればいい(・・・・・・・・・・・・・・)という回路を大型商業施設に用いてはいけないだろう。また、日本の郊外に点在するイオンモールとこのリンゴットやマルクトハル(ロッテルダム)を同一視できないことは明らかである。大型商業施設という容易に景観や場所性を否定しうる大きなアトラクションに建築ができることはその「箱」から一様さを排除することであり、言ってしまえば、それの他に有効手段を持たない。少なからずここにおいて建築的アプローチの限界が認められる。

故宮博物院紫禁城

中国の伝統文化の侵害であると批判され 2007 年に撤退したスターバックスである。現在の故宮博物院内には中国のコーヒーチェーン店『瑞幸咖啡』が出店している*4*5。この事例について考えるための参照先として、スターバックス京都二寧坂ヤサカ茶屋店を挙げてみよう*6。周辺に清水寺高台寺がある二寧坂には、京都らしい古い町並みが多く残っている。この和風情緒あふれる町に 2017 年スターバックスがオープンした。その外観や内部空間は素晴らしくデザインされ、飲食チェーン店の持つお馴染みのイメージ、俗っぽさが排除されていると言える。この例を見ると、二寧坂のスターバックスが明らかに先の騒動を踏まえたものであり、それを乗り越えようとした姿勢を見て取れる。このような建築的な解決方法があるのを了解した上で、他方景観論が想像すべき問題はなにか。

美術家大竹伸朗の言説を引用しよう。ありきたりな風景――観光地におけるおきまりのお土産、街並み、やらせのような演出などの苦笑の対象――について、大竹はそれを「破壊された風景」と言ったが、実際には破壊されていたのは風景の破壊を見た自分自身であり、そこには風景と私の美しいまでの一体があるという。それは客体の美醜から退いたあきらめのようなポーズでありながらも積極的な肯定と言える。われわれ景観論が思考すべきは、現代においてなあなあ(・・・・)と受容されていった風景――それが破壊であると自覚つつもそれに妥協し慣れてしまった社会であろう。

新倉山浅間公園山梨県

中世以前、地域共同体はとてもローカルな地縁、血縁によって構成されていたが、中世以降、国民国家という大きな構造が誕生する。この国民国家において、共同体意識を維持するためにはナショナル・アイデンティティとしての風景、つまりは国土の眺めの美しさの価値を共有することが重要であった。以後、眺めというものは風景として共有され、ある種の規範としてはたらく。このとき風景はスタティックなものであることが要求されるが、不変さを得るためには人為的操作が必要であり、ここにおいて自然と風景の対立構造が成立する。数学者岡潔は山焼きを人為的なものとして否定した*7*8が、この富士山景についても同様な視点をもつことができる。

雄大な富士山、数百本もの満開の桜、そして五重塔。まさに NIPPON を体感できる風景である。この絵画のような風景を見たときに抱く違和感はなにか。少なくともこれを日本の誇るべき風景として無批判に享受するには無理がある。現在 650 本ほどある桜の木は、昭和四十年頃から徐々に植樹されていった。ソメイヨシノの寿命は 5,60 年であり、継続的な植え替えが必要である。富士吉田市ふるさと納税を活用しその資金を調達する*9。例えば、いわゆる日本的な情緒あふれる観光地で売られる雑貨、菓子などのお土産は、多少の地域差はあっても総じて退屈なものである。そのような退屈さに似たものが、浅間公園の「作られた」風景に対して感じ取れる。付言しておくが、富士吉田市の取り組みを否定するつもりはない。うつくしい日本の風景を後世に残すことは一般には(・・・・)賞賛されるべきことである。しかしながら、昭和四十年の植樹の時点で、その富士山景は作為的な風景――多くを容易に感動させると言うべきか、低俗とまでは言えないがそれは決して純粋なものではない――になってしまった。

 

*1:オギュスタン・ベルク『風土としての地球』三宅京子訳、筑摩書房、1994 年

*2:LINE トラベル jp「巨大自動車工場がショッピングモールに!イタリア・トリノリンゴットへ」、[https://www.travel.co.jp/guide/article/15507/]、2016 年(2020 年 9 月 5日 最終アクセス)

*3:ARCHITECTURAL MAP「リンゴット工場再開発計画 Rehabilitation of The Lingo tto Factories」、[http://www.archi-map.jp/taniyan/foreign/italy/lingotto_factories.html]、 2000 年(2020 年 9 月 5 日 最終アクセス)

*4:AFPBB Newsスターバックスの「紫禁城追放案」を提出か - 中国」、[https://www.afpbb.com/articles/-/2193595]、2007 年(2020 年 9 月 5 日 最終アクセス)

*5:36Kr Japan「luckin coffee が北京・故宮に出店。スタバが 10 年前に撤退した因縁の場所」、[https://36kr.jp/13960/]、2018 年(2020 年 9 月 5 日 最終アクセス)

*6:バスとりっぷ「スタバはもはや観光名所? 京都二寧坂ヤサカ茶屋店がオープン! 畳座敷でコーヒーを堪能できる”和”のお店とは?」、[https://www.bushikaku.net/article/34886/]、2017 年(2020 年 9 月 5 日 最終アクセス)

*7:小林秀雄岡潔『人間の建設』、新潮文庫、2010 年

*8:いくら神事とはいえ、年に一度の夜のために永久的に木々を去勢するのは如何なものかと、筆者もその醜い山肌を見るたびに思う。

*9:富士山NET「忠霊塔の桜守ろう」、[https://www.fujisan-net.jp/post_topics/3008320?lange=]、2019 年(2020 年 9 月 5 日 最終アクセス)